ブラックウッドのドリームブローグ
ブラックウッドによる、戦略ミニチュアゲーム「ドリームブレイド」について語るブログです
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「Magic:The Ghathering-Bar」に行ってきました 第09回
「Magic:The Ghathering-Bar」について第01回目はこちら。
「Magic:The Ghathering-Bar」について第02回目はこちら。
「Magic:The Ghathering-Bar」について第03回目はこちら。
「Magic:The Ghathering-Bar」について第04回目はこちら。
「Magic:The Ghathering-Bar」について第05回目はこちら。
「Magic:The Ghathering-Bar」について第06回目はこちら。
「Magic:The Ghathering-Bar」について第07回目はこちら。
「Magic:The Ghathering-Bar」について第08回目はこちら。
私ことブラックウッドは九州の田舎に住んでいますので、東京には滅多に来ることが出来ません。
ですから、東京暮らしを断念して田舎に帰る時には本当に残念でした。
特に、「Magic:The Ghathering」はまだまだ現役の積もりでしたから、毎日の様に通っていたあの場所に行けなくなるのは半身をもぎ取られるようでした。
コミケなどで上京する度に渋谷DCIジャパン・トーナメントセンターに顔を出しては、まだ屯(たむろ)していたかつての友人達と終電ギリギリまでプレイし、追い出されてからは定食屋だのゲーセンだのに繰り出したものです。
そこが閉鎖されると聞いて本当に目の前が真っ暗になりました。
これから上京した時には一体どこに遊びに行けばいいというのでしょうか。
実はこの時、強引に「DCIセンター最後の日」に駆けつける積もりでした。
生活はとても苦しくなりますが、そんなことは構いません。
特に、いつもつるんでいたあの連中が次にどこに溜まる様になるのかだけでも最後に話しておかないと気がすまなかったのです。
しかし、この上京は適いませんでした。
同居している親の理解が得られなかったのです。
今でも「DCI最後の日」に駆けつけることが出来なかったことは後悔しています。どれほど反対されてでも行くべきでした。
第四版が発売され、ミラージュの次のエキスパンション、ビジョンズが発売された頃に私は「Magic:The Ghathering」を始めました。
最もハマったのは「テンペスト」の頃で、あの頃は本当に「どうかしている」ほどお金を使い、時間も使いました。
もしもあの時にイタリア語版リバイズドのボックスだの、テンペストのボックスだのを買わなければ十数万円どころではない金額が浮いていたでしょう。
しかし、豪ほども後悔していません。
本当に楽しい日々でした。
電車の中ですら膝の上にデッキを乗せて一枚ずつめくりながら展開を予想したりしていたものです。もう新しいデッキが出来たならば電車でDCIセンターに移動する時間の間すら我慢出来なかったのですよ!
繰り返しますが、あの頃のことは全く後悔していません。
確かに、屁理屈ばかりは一人前なのにロクに勝てないへぼなプレイヤーではありました。
しかし、このゲームに関わった人全員が日本ランキング上位に名を連ね、世界各国で行なわれる大会に遠征を続ける「選手」になれる訳ではありません。
「ただひたすら楽しんだプレイヤー」で充分です。
人生の黄昏には早い年齢ではありますが、今でもたまにDCIセンターで遊ぶ夢を見ます。
日曜日の大会ともなれば超有名人が隣の机でプレイするのが当たり前の夢の舞台。私は大会志向ではあったのですが、ただひたすらこのゲームが好きだったので、試合が終わったら山のように持って来ていたファンデッキで「野試合してください!」と頼み込むのが当たり前でした。
その後、必要な試合が終われば少しでも休息を取り、時にはオポネント・マッチ・ウィン・パーセンテージ維持の為に「握手」(インテンショナル・ドロー、合意の上の引き分け)することも当たり前になった頃には考えられない暴挙です。
それでも、時間ある限り遊んで遊んで遊び倒しました。トレードも楽しかったし、仲間内で初心者を囲んでのデッキ指南なんて爆笑もの。
全員が教えたがりの上に、「一人でも仲間を増やしたい」と思っているから、余ったカードをバンバン分けてくれるのです。
たちまち「初心者」くんの元には周囲から「むしろオレにもくれ!」などという野次が飛ぶほどのカードが提供され、実に立派な「デッキ」が組みあがったりしたものです。
これが貴重な女性プレイヤーだったりするともう大変。「もういらねえよ!」というほどカードが押し付けられたりしたり…全く、愛すべき馬鹿野郎たちです。
下手すると死ぬ間際に「楽しかった日々」としてあのジュースでべっとり汚れた自動販売機の前の床とか、異常に小汚い舞台裏のトイレとかを含めたDCIセンターのことを思い出すのかもしれません。
友達もロクにいない私ですが、…クサイ言い方ですが…今にして思えばあそこが私の「青春」そのものだったのでしょう。
ですから、朝の目覚める間際になってDCIセンターの夢を見て目が覚め、「嗚呼、もうあそこは閉鎖されたんだ。もう行く事は出来ないんだ」と思うと涙が出て来ます。
本当に「DCIセンター最後の日」には万難を排してでも行くべきでした。
私は写真が嫌いで旅行に行ってもあまり残さない方なのですが、最後に「これでもか」というほど写真を撮っておきたかったです。
勝手に表彰台に乗って「その気」になったり、日本語版のカードを定価で売っていたのでリミテッドの時以外は殆ど誰も買わなかったレジの奥に入れてもらうこともお願いしておけばよかった…などと夢想したりするのです。
ちなみに父親は何故反対したかと言えば特にこれといった理由も無く、そもそも反対したことそのものを覚えていなかったりします。
親には全く不満は無いどころか、限りない感謝をしていますがこれだけは許せません。一生、墓の中までこの恨みは持っていくことになると思います。
結局ここに溜まっていた連中は新たなる「聖地」を見つける必要があったのですが、それがどこなのか今も分かりません。
きっと渋谷DCIセンターを失った連中は「Magic:The Ghathering」そのものの凋落とも相俟って方々に散り散りになってしまったことでしょう。ここだけの話、最後には「Magic:The Ghathering」以外のカードゲームの方が熱心にプレイされていたりしましたからね。
それに、「楽しい集いの場」だったあの会場も、リミテッドの大会ともなると見学の入場すら禁止で、野試合なんてもっての他(限定戦なので、「持ち込みカード」によるイカサマを防ぐための措置だそう)でした。
元々かなり競技志向だったこのゲームは、キャパシティの関係から人数が入りきらなくなり始めて会場を移すことも多くなり、更に競技志向を先鋭化させて「ただひたすら楽しみたい」私の様なプレイヤーを振り落とし始めてはいたのです。
そして、今回の上京にあっては、タッチの差で一週間前にすぐ近くにあったカードショップの「ホビット」すら倒産していた…というオチが付くのです。
渋谷は歴史的に完全に「Magic:The Ghathering」に対する貢献を終えたのかも知れません。
話が長くなりましたが、この「Magic:The Ghathering-Bar」はそんなDCIセンターが廃止されてから何年も経ったこの2007年に、唐突に私たちの前に姿を現したのです!
続く
「Magic:The Ghathering-Bar」について第02回目はこちら。
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私ことブラックウッドは九州の田舎に住んでいますので、東京には滅多に来ることが出来ません。
ですから、東京暮らしを断念して田舎に帰る時には本当に残念でした。
特に、「Magic:The Ghathering」はまだまだ現役の積もりでしたから、毎日の様に通っていたあの場所に行けなくなるのは半身をもぎ取られるようでした。
コミケなどで上京する度に渋谷DCIジャパン・トーナメントセンターに顔を出しては、まだ屯(たむろ)していたかつての友人達と終電ギリギリまでプレイし、追い出されてからは定食屋だのゲーセンだのに繰り出したものです。
そこが閉鎖されると聞いて本当に目の前が真っ暗になりました。
これから上京した時には一体どこに遊びに行けばいいというのでしょうか。
実はこの時、強引に「DCIセンター最後の日」に駆けつける積もりでした。
生活はとても苦しくなりますが、そんなことは構いません。
特に、いつもつるんでいたあの連中が次にどこに溜まる様になるのかだけでも最後に話しておかないと気がすまなかったのです。
しかし、この上京は適いませんでした。
同居している親の理解が得られなかったのです。
今でも「DCI最後の日」に駆けつけることが出来なかったことは後悔しています。どれほど反対されてでも行くべきでした。
第四版が発売され、ミラージュの次のエキスパンション、ビジョンズが発売された頃に私は「Magic:The Ghathering」を始めました。
最もハマったのは「テンペスト」の頃で、あの頃は本当に「どうかしている」ほどお金を使い、時間も使いました。
もしもあの時にイタリア語版リバイズドのボックスだの、テンペストのボックスだのを買わなければ十数万円どころではない金額が浮いていたでしょう。
しかし、豪ほども後悔していません。
本当に楽しい日々でした。
電車の中ですら膝の上にデッキを乗せて一枚ずつめくりながら展開を予想したりしていたものです。もう新しいデッキが出来たならば電車でDCIセンターに移動する時間の間すら我慢出来なかったのですよ!
繰り返しますが、あの頃のことは全く後悔していません。
確かに、屁理屈ばかりは一人前なのにロクに勝てないへぼなプレイヤーではありました。
しかし、このゲームに関わった人全員が日本ランキング上位に名を連ね、世界各国で行なわれる大会に遠征を続ける「選手」になれる訳ではありません。
「ただひたすら楽しんだプレイヤー」で充分です。
人生の黄昏には早い年齢ではありますが、今でもたまにDCIセンターで遊ぶ夢を見ます。
日曜日の大会ともなれば超有名人が隣の机でプレイするのが当たり前の夢の舞台。私は大会志向ではあったのですが、ただひたすらこのゲームが好きだったので、試合が終わったら山のように持って来ていたファンデッキで「野試合してください!」と頼み込むのが当たり前でした。
その後、必要な試合が終われば少しでも休息を取り、時にはオポネント・マッチ・ウィン・パーセンテージ維持の為に「握手」(インテンショナル・ドロー、合意の上の引き分け)することも当たり前になった頃には考えられない暴挙です。
それでも、時間ある限り遊んで遊んで遊び倒しました。トレードも楽しかったし、仲間内で初心者を囲んでのデッキ指南なんて爆笑もの。
全員が教えたがりの上に、「一人でも仲間を増やしたい」と思っているから、余ったカードをバンバン分けてくれるのです。
たちまち「初心者」くんの元には周囲から「むしろオレにもくれ!」などという野次が飛ぶほどのカードが提供され、実に立派な「デッキ」が組みあがったりしたものです。
これが貴重な女性プレイヤーだったりするともう大変。「もういらねえよ!」というほどカードが押し付けられたりしたり…全く、愛すべき馬鹿野郎たちです。
下手すると死ぬ間際に「楽しかった日々」としてあのジュースでべっとり汚れた自動販売機の前の床とか、異常に小汚い舞台裏のトイレとかを含めたDCIセンターのことを思い出すのかもしれません。
友達もロクにいない私ですが、…クサイ言い方ですが…今にして思えばあそこが私の「青春」そのものだったのでしょう。
ですから、朝の目覚める間際になってDCIセンターの夢を見て目が覚め、「嗚呼、もうあそこは閉鎖されたんだ。もう行く事は出来ないんだ」と思うと涙が出て来ます。
本当に「DCIセンター最後の日」には万難を排してでも行くべきでした。
私は写真が嫌いで旅行に行ってもあまり残さない方なのですが、最後に「これでもか」というほど写真を撮っておきたかったです。
勝手に表彰台に乗って「その気」になったり、日本語版のカードを定価で売っていたのでリミテッドの時以外は殆ど誰も買わなかったレジの奥に入れてもらうこともお願いしておけばよかった…などと夢想したりするのです。
ちなみに父親は何故反対したかと言えば特にこれといった理由も無く、そもそも反対したことそのものを覚えていなかったりします。
親には全く不満は無いどころか、限りない感謝をしていますがこれだけは許せません。一生、墓の中までこの恨みは持っていくことになると思います。
結局ここに溜まっていた連中は新たなる「聖地」を見つける必要があったのですが、それがどこなのか今も分かりません。
きっと渋谷DCIセンターを失った連中は「Magic:The Ghathering」そのものの凋落とも相俟って方々に散り散りになってしまったことでしょう。ここだけの話、最後には「Magic:The Ghathering」以外のカードゲームの方が熱心にプレイされていたりしましたからね。
それに、「楽しい集いの場」だったあの会場も、リミテッドの大会ともなると見学の入場すら禁止で、野試合なんてもっての他(限定戦なので、「持ち込みカード」によるイカサマを防ぐための措置だそう)でした。
元々かなり競技志向だったこのゲームは、キャパシティの関係から人数が入りきらなくなり始めて会場を移すことも多くなり、更に競技志向を先鋭化させて「ただひたすら楽しみたい」私の様なプレイヤーを振り落とし始めてはいたのです。
そして、今回の上京にあっては、タッチの差で一週間前にすぐ近くにあったカードショップの「ホビット」すら倒産していた…というオチが付くのです。
渋谷は歴史的に完全に「Magic:The Ghathering」に対する貢献を終えたのかも知れません。
話が長くなりましたが、この「Magic:The Ghathering-Bar」はそんなDCIセンターが廃止されてから何年も経ったこの2007年に、唐突に私たちの前に姿を現したのです!
続く
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